18 シュタインベルク葡萄園(ラインガウ)

19.■シュタインベルク葡萄園

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シュロス・ヨハニスベルガーとともにドイツワインの二大双璧として世界的に有名なシュタインベルガーを訪問することが出来ました。ドイツワインのワイン名は、ピースポーター ゴールドトロプフェン(ピースポート村の金の滴畑)のように○○村の○○畑と地名の後に-erを付けて表示されますが、オルツタイルラーゲといって、超一流でありすでに大変著名であることと、葡萄園名が所在地名なので村名を例外的に省略することが許されます。他にラインガウのシュロス ヨハニスベルガー、シュロス フォルラーツとモーゼルのシャルツホーフベルガーの4つのみです。

ドイツワインの二大双璧

1775年、シュロス・ヨハニスベルガーの畑において偶然にも遅摘みの効果による優れたワインの醸造に成功し、ドイツワイン界に輝かしいドイツ特有の遅摘み(シュペートレーゼ)という摘果法を紹介したことから、エーバーバッハ側に痛烈な一撃を加え、一挙にその地位を逆転させました。しかしやがて史上空前の大ワイン年1811年のワインをもって、今度はエーベルバッハ側がはじめて特上酒に限りCabinet(カビネット)なる表示をつけて発表しました。1811 シュタインベルガー アウスレーゼ カビネットSteinberger Auslese Cabinet名醸ワインにふさわしいこの気品あふれる表現「カビネット」はみごとに当たって、まずヨハニスベルグ城もこれを取り入れ、後にラインガウの諸侯、旧家はみな真似てゆきます。

1969年ワイン法改正にあたり、あまりにも捨てるにはしのびず、逆に意味を変えてKABINETTと格付け用語の一つとして残されたほどの表示語です。この表示語の創設者たるエーベルバッハはヨハニスベルグに対して小さいながらもこれで鋭く一矢を報いた形となり、いずれ劣らぬワイン界の二大花形の競争場裏が浮き彫りにされながら、ドイツワイン全体のレベルアップに寄与してきました。
ついで1921年になるとシュタインベルガーが、かつてヨハニスベルグ側に学んだ遅摘み法によるトロッケンベーレンアウスレーゼ(乾粒選果)(ピンセットで貴腐菌によって干しぶどう状になった果粒を手作業で集める)で、とうとうドイツワイン史上最高といわれ、今日までいまだにその記録を破るものない糖度300エクスレ度に達する葡萄を生み出すことにより、今度はどうやらヨハニスベルグ側に大きな反撃を食わせた形となりました。この二度の反撃でどうやらこの両者は最高峰争いでは一線に並んだ感があります。ドイツワインの最高峰といえば白ワインの領域では勿論世界最高の中の一つであることは否めません。

「ドイツワイン物語」古賀 守著 S54年
マウアーワイン(壁ワイン)
エーバーバッハ修道院は、フランス・ブルゴーニュのクロ・ド・ヴージョと兄弟関係にありますから、所有するシュタインベルガーもまた厚い土塀で囲まれています。土塀はこの付近の土壌で築かれているので、昼間の太陽熱をよく吸収して夜間熱気を徐々に吐き出し、葡萄作りに良い影響を与える存在ですが、この土塀の南側壁面に沿って葡萄を這わせると大変な熱量を独り占めにすることができ、優れた葡萄作りが可能となります。
こうして造ったワインのことをマウアーワイン(壁のワイン)というのですが、ただでさえドイツワインの最高峰を競う大ワインを造りだしているのに、その壁ワインということになればはかり知れぬほどの好条件となりましょう。ただし壁面を這わせるだけの株数ですからいずれ大した量は望めませんが、この壁面利用の権利が実は修道院跡の管理者である国家所有ではなく、ホテル業を営むレス家の所有権となっているのです。従って国営醸造所ではせっかくの土塀を利用することがならず、壁ワインはレス家によって独占されているのです。シュタインベルガー マウアーワインという銘柄のワインは仲々入手困難なワインの一つです。現在この両者の間でその所有権をめぐり長い間係争中です。

「ドイツワイン物語」古賀 守著 S54年

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